水産業の新戦略 泉南地域の食文化維持を目指す ーJF岡田浦によるアナゴ蓄養事業ー 2024.7.23 古江晋也(ふるえ しんや) 印刷する JF岡田浦で蓄養されているアナゴ海水温上昇により激減する伝統食材「アナゴ」を保全し再生するかつて大阪府泉南市の岡田浦漁業協同組合(JF岡田浦)は府内でもトップクラスのアナゴの水揚げ量を誇っていました。アナゴは泉南地域に欠かせない伝統的な食材で、祭礼行事などがあると、煮アナゴ、押し寿司、天ぷらなどで食されてきました。しかし、近年の海水温の上昇から漁獲量が減少し、JF岡田浦は、泉南市や近畿大学水産研究所と連携して、2016年からアナゴの蓄養事業を開始。蓄養事業は設備や人材育成、管理技術の確立など、さまざまなハードルを乗り越える必要がありました。 近畿大学水産研究所で技術を学び、実現した蓄養事業蓄養事業を始める上で最初に取り組まなければならないことは技術を身に付けることでした。JF岡田浦と泉南市の職員は、アナゴの蓄養事業で先行していた近畿大学水産研究所富山実験場(富山県射水市)を訪問し、指導を受けました。 JF岡田浦の職員が、1週間ほど泊まり込みでエサづくり、水温管理などの実習を受ける中で、アナゴの大きさに差があると鋭い歯で噛み合う習性があり、サイズ分けを行う必要があることも学びました。 実習を終えた後、JF岡田浦は富山実験場から成体のアナゴを譲り受け、漁協内で試験的に蓄養を始めました。この時に苦労したことの1つが夏場の水温、水質管理です。施設で使用する海水は当初、漁港内の海水をくみ上げて使用していましたが、夏場は高温となるため冷却装置が必要でした。しかし、冷却装置を使用し続けるとコスト高になります。また漁協の近くには川が流れ、雨が降ると泥水が流れ込むことがあり、水質に対する懸念もありました。 そこでJF岡田浦では漁協の敷地内に井戸を掘削し、井戸水を使用することにしました。井戸水は漁港内の海水よりも温度が低く、地層でろ過されるため汚れも少ないことから、水温、水質管理の課題はかなり改善されました。 JF岡田浦の蓄養施設次のステップは、岡田浦漁港で水揚げされたアナゴの蓄養です。昨今では「地方の食材で育てたご当地魚」が注目を集めていることから、JF岡田浦でも地元で収穫されたウメや柑橘類などを餌に混ぜ、アナゴの身質がどのように変化するかを調査しました。しかしハマチやタイなどの魚種と異なり、アナゴには大きな変化が見られなかったそうです。そのため今は、配合飼料を餌に使用しています。 また、アナゴの成長は個体差が大きいことや、天然アナゴと蓄養アナゴでは、成長スピードが異なることも分かりました。一般的に天然アナゴは150gほどの大きさに成長するのに2~3年はかかりますが、蓄養を行うと1年以内で成長します。この理由は、天然アナゴは蓄養アナゴと異なり、定期的に餌を摂取することができないからではないかと考えられています。 筒の中に身を隠すアナゴ多くの支援に対する感謝と地域振興を願って名付けられた「泉南あなご」現在、蓄養されたアナゴは煮アナゴにして、泉南市のふるさと納税の返礼品に使用しています。当初は焼アナゴを返礼品に使用していましたが、泉南地域でよく食べられる甘辛い煮アナゴにすると評判がかなり高まったそうです。 このように、アナゴの蓄養事業は試行錯誤を繰り返しながら軌道に乗ることができ、JF岡田浦職員の東裕史氏は「さまざまな人々の支援があったからこそ、ここまでできた」と話します。 そして、アナゴを地域振興のシンボルにしたいという思いから、「泉南あなご」と命名することになりました。 JF岡田浦職員の東裕史さん(右)と共に地域漁業を盛り上げるJF岡田浦青年部長の出口貴弘さん(左)アナゴ漁とJF岡田浦の競りアナゴは夜行性であるため、夏場は15時半、冬場は15時から出漁します。漁場に着くとカゴを沈め、数時間ほど経ってから籠を引き揚げます。この時、体長28㎝未満のサイズのアナゴは再放流することが規則で定められています。帰港するのは21~22時頃で、水揚げされたアナゴは漁業者のいけすに一晩ほど置きます。これはアナゴの体内に入っているドロやエサを吐かせるためです。翌日には、サイズ別に仕分けをして出荷します。 かつてアナゴの水揚げが多かった時代は、アナゴを専門とする漁業者が多くいましたが、現在は、メインとする魚を他の魚種へ変更しているそうです。また、水揚するとそのまま仲卸に出荷したり、漁協の競りに出したりしていましたが、漁獲量が減少した現在では、付加価値をつけるために漁業者がさばくようになり、28cm以上のアナゴを蓄養事業へ回しています。 筆者が訪問した4月下旬、底引き網漁(石桁網と板引き網)から寄港した漁業者は、JF岡田浦で14時20分から開始する競りに合わせ、家族や親せきと力を合わせて準備を行っていました。この日はクロダイ、ウシノシタ(舌平目)、アカガイ、スズキ、ナマコ、ガザミなどさまざまな魚種が競りにかけられており、大阪湾がかけがえのない海であることがわかります。 水揚げしたクロダイを荷捌場へ運ぶ様子家族ならではの手際の良さと連携で、競りの準備を行うJF岡田浦の競りの様子* * * かつての大阪湾はアナゴが大量に獲れていました。しかし現在は、海水温の上昇により減少しています。そうしたなか、JF岡田浦はアナゴを蓄養することで、地域の食文化を次世代につなげていこうとしています。 1960年代以降、大阪湾沿岸は護岸工事や埋立てなどの開発が行われ、漁業は厳しい状況に直面し多くの食文化が失われました。近年は海水温の上昇に直面し、今後は水揚げされる魚種が大きく変化する可能性があります。 食文化を受け継ぐことも真剣に考えていかなければならないことを、JF岡田浦の事例は私たちに訴えかけています。 JF全漁連漁協(JF)近畿イベント古江晋也(ふるえ しんや)株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。 専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。 現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。 ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)このライターの記事をもっと読む
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