水産業の新戦略 JF真鶴町の経営再建~真鶴町の漁業を継続するために~ 2025.8.28 田口 さつき(たぐち さつき) 印刷する 2013年から経営再建へ神奈川県真鶴町に本所を置く真鶴町漁業協同組合(JF真鶴町)は、江戸時代から約350年の歴史がある「お林」と呼ばれてきた「魚つき保安林」があり、日本三大深湾の一つである相模湾に面した地形から定置漁業が盛んな地域です。 なかでも真鶴半島周辺は、魚の餌になる生物が豊富なため、陸地側には磯の魚を対象にした小型定置網、さらに沖合には相模湾の深さを活かした深場の魚も採捕する大型定置網が設置されてきました。JF真鶴町についても大型の自営定置網を設置しており、組合の貴重な収入源となっていました。ところが2000年代になると、回遊する魚種の変化などの影響を受け、自営定置網の漁獲量が減少を始めます。また、魚価の低迷といった要因も重なり、JF真鶴町の経営は悪化しました。 一方、この好漁場の将来性を信じる組合員は2013年から組合の再建を進めました。燃料費の高騰、コロナ禍による魚価の低迷などの逆風がありましたが、2023年には、JF真鶴町は累積赤字を解消することができました。近年では、秋にキハダマグロの漁獲量が増えるなど、活気もでてきています。以下では、JF真鶴町が誇る漁場と、経営再建についてみていきましょう。 JF真鶴町の水揚げ風景(写真提供:JF真鶴町)JF真鶴町事務所「魚つき保安林」が育む漁場真鶴半島に広がる照葉樹の森は、1904年に森林法に基づく「魚つき保安林」に指定されるなど、漁業とも密接な関わりがあります。JF真鶴町職員の北村一人さんによると、真鶴町民はこの森を「お林」と呼び、畏怖の念を抱きつつ、大切に守ってきたそうです。 真鶴半島は、もともとは萱(かや)の生えていた場所でした。この地に現在の壮大な林が形成されたのは、江戸時代の明暦の大火(1657年)以降です。この大火災によって灰燼と化した江戸には、復興のための木材が必要となり、真鶴半島には15万本のクロマツが植えられました。明治維新後は、皇室の御料林となり、お林に薪を取りに行くことも禁止されるなど、厳しく保護されてきました。現在は、神奈川県立自然公園(面積138.0ha)となっています。 真鶴町沿岸は、陸地と海の境が自然のまま、磯が広がっています。近くに大きな川がないため栄養塩は乏しいはずですが、魚つき保安林が栄養塩を供給し、磯の生物を育んでいると考えられています。 JF真鶴町で2023年まで代表理事組合長を務めていた青木勇さんは、「この海域はプランクトンが豊富であり、夜に漁船から夜光虫による青白い光がみえる」と言います。過去には、JF真鶴町の漁業者が魚つき保安林に植林をしていましたが、真鶴町の設置した「お林保全協議会」の専門家の助言に従い、森の遷移を見守るため、現在、植林はしていません。ただ、お林のなかにある祠を漁家の女性が月に一度掃除するなど、漁業との関係は現在も続いています。 好漁場を支える魚つき保安林経営再建の歩み2000年代から回遊する魚種の変化などから漁獲量が伸び悩んだことや、魚価の低迷もあり、JF真鶴町は累積赤字が積み上がりました。そこで組合員は協議を行い、2013年から経営再建を行うことを決定しました。その再建計画の柱が、自営定置事業の改革でした。具体的には2014年から国の事業である「もうかる漁業創設支援事業」を活用し、定置網の敷設場所の変更、漁網の変更、省力化・省エネ型の漁労機械を装備した主力船の建造などを行いました。この結果、イワシ類を追いかけてくる高級魚を漁獲することができるようになりました。特に漁網変更後の数年は、ブリやワラサの漁獲量が増えました。一方で、箱網の網目を拡大し、小型イワシが逃げられるようにしたので、資源保護にもつながっています。また、作業効率もあがり、経費が削減されました。 青木さんは当時の経営再建の話し合いに理事として参加していました。「漁協は生まれてから自分を育ててくれた」場所であり、存続させるという使命感から2014年から代表理事組合長に就任し、経営再建の指揮をとりました。経営再建では、自営定置事業の立て直しだけでなく、役員報酬引き下げや賦課金の増額など、組合員に組合の経費削減の協力をお願いしたこともあり、組合員の負担が平等になるよう気を配ったそうです。 JF真鶴町職員の北村一人さん(左)、前代表理事組合長の青木勇さん(中央)、JF真鶴町職員の星野和義さん(右)鮮度を保つ設備への投資JF真鶴町の管内は、鮮度の維持が特に求められるアジ、サバの漁獲量が多いという特徴があります。そこでJF真鶴町では2001年から魚市場に海水冷却機を設備し、約0度まで冷やした海水を水揚時および出荷時の水として鮮度保持にとって重要な初期冷却に使用しています。各漁業者は定置網用の運搬船などの船内水槽にこの冷海水を入れて出航し、漁獲した魚へ使用しています。水揚げ後に流通を担う魚商にも冷海水を供給して鮮度の良い魚の出荷に役立ててもらい、恵まれた環境でとれた魚の美味しさを損なうことなく消費者に届ける努力を続けています。 2022年には海水冷却機が故障したことをきっかけに、より性能が高く且つ壊れにくいよう制御システムを単純化した海水冷却機へと更新し、現在も組合員および魚商へ提供しています。 JF真鶴町で、このような組合の設備更新が可能になったのもJF真鶴町の着実な経営再建があったからです。青木さんは、「再建がうまくいったのは組合員が団結して、この組合を立て直そうという気持ちがあったからだ」と指摘します。JF真鶴町の累積赤字が解消されたことを見届け、青木さんは代表理事組合長を退任しました。自身の経験を振り返り、青木さんは若い漁業者に対し、「組合の仕事はみんなの生活を安定させるためにやるものだ。組合の経営が悪化すると、最後は自分のところに影響が及ぶ。そのため、組合の運営に対して意見を言って組合を良くするようにしてほしい」と話しています。 冷海水により鮮度を保持した漁獲物(写真提供:JF真鶴町)東海漁協(JF)SDGs漁師資源管理水産改革定置網田口 さつき(たぐち さつき)農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。 日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。 Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。 ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページこのライターの記事をもっと読む
マダイは春の大切な食材 ―持続可能な漁業を目指すJF勝山の取り組み―東京湾の入り口に面する千葉県の勝山港では、四季折々にさまざまな魚介類が水揚げされます。なかでも桜が咲く時期に漁獲されるマダイは、色の美しさや魚体のよさが評価されてきました。このマダイは鋸南町勝山漁業協2022.6.30水産業の新戦略田口 さつき(たぐち さつき)
「茅渟(ちぬ)の海」のクロダイ―鮮度にこだわるJF岸和田市の取り組み―寒い季節になると大阪湾ではクロダイの水揚げ量が増加します。クロダイは「チヌ」とも言われ、大阪湾が「茅渟(ちぬ)の海」と呼ばれるのは「クロダイが大阪湾でたくさん獲れたから」という説もあるほどです。 クロ2022.12.20水産業の新戦略古江晋也(ふるえ しんや)
「資源管理・品質管理・魚食普及」セットで挑む所得UP!千葉県夷隅地区~「浜プラン」全漁連会長賞の紹介~「浜の活力再生プラン」、通称「浜プラン」は地域ごとの特性を踏まえて、漁師や漁協(以下JF“じぇいえふ”)、市町村などでつくる組織(地域水産業再生委員会)が自ら立てる取組計画。 その地域の人たちが自分た2020.11.6水産業の新戦略JF全漁連編集部
泉南地域の食文化維持を目指す ーJF岡田浦によるアナゴ蓄養事業ーかつて大阪府泉南市の岡田浦漁業協同組合(JF岡田浦)は府内でもトップクラスのアナゴの水揚げ量を誇っていました。アナゴは泉南地域に欠かせない伝統的な食材で、祭礼行事などがあると、煮アナゴ、押し寿司、天ぷ2024.7.23水産業の新戦略古江晋也(ふるえ しんや)
地域の人々が力を合わせて刈る「房州ひじき」海であるのに「鹿尾菜」、「羊栖菜」と動物の一字が入っている海藻は何でしょうか。この海藻は、煮物や炊き込みご飯によく使われます。答えは、ヒジキです。ヒジキは、植物繊維、鉄分、カルシウムなどを含む、栄養価2022.9.8水産業の新戦略田口 さつき(たぐち さつき)
府県を超えた資源管理により回復した「魚庭のサワラ」「魚庭の海」と呼ばれる大阪湾や瀬戸内海で漁獲されるサワラは柔らかく上品な味わいであることから地域の食文化を支えてきました。 同地域のサワラは「サワラ瀬戸内海系群」として扱われ、主な生息域が、①岡山県か2024.10.15水産業の新戦略田口 さつき(たぐち さつき)