水産業の新戦略 府県を超えた資源管理により回復した「魚庭のサワラ」 2024.10.15 田口 さつき(たぐち さつき) 印刷する サワラの広域資源管理「魚庭の海」と呼ばれる大阪湾や瀬戸内海で漁獲されるサワラは柔らかく上品な味わいであることから地域の食文化を支えてきました。 同地域のサワラは「サワラ瀬戸内海系群」として扱われ、主な生息域が、①岡山県から香川県の海域である「備讃瀬戸」(びさんせと)から東側の集団と、②瀬戸内海中央部の海域である「燧灘」(ひうちなだ)から西側の集団、の2つの集団で構成されると考えられています。 そのため、広域な資源管理が必要となり、現在、11府県の漁業者が協調してサワラ資源を守っています。 大阪湾で漁獲されたサワラ(写真提供:JF尾崎 樋口正明副組合長)広域な資源管理を行うようになった発端は、1990年代初めに香川県と兵庫県がサワラ流し刺網漁業の操業秩序を守るために設置された協議会です。90年代後半頃から大阪府をはじめ、瀬戸内海沿岸各県のサワラの漁獲量が大幅に減少したことから、近隣県もオブザーバーとして同協議会に参加するようになり、広域資源管理の気運が次第に醸成されるようになりました。 そして、水産庁瀬戸内海漁業調整事務所の声かけを受け、漁業者、水産行政担当者、専門家が集まり、意見交換を行う「サワラ資源管理検討会」(以下、検討会)が始まり、2001年には瀬戸内海沿岸の11府県の漁業関係者が参加することとなりました。 ここでは、大阪湾のサワラ漁を守るために広域的な資源管理に参加した漁業者の歩みや取り組みを紹介します。 漁業者が話し合いで導入した「順番制」大阪湾のサワラは、主に流し刺網漁業で漁獲されます。この漁法は、漁網を海の表層から中層に垂直に広げて漂わせ、漁網にかかった魚をつかまえるものです。漁業者は、潮の流れや風を考慮しながら、漁網を海に入れます。 漁網を引き揚げている様子(写真提供:JF尾崎 樋口副組合長)ところで、大阪湾でサワラ漁をする漁業者は、小型の網を使用する人と、長さが3000mにも及ぶ大型の網を使用する人がいます。そのため、漁業者は互いの操業に配慮することが重要です。 ただ、主に大型漁網でサワラ流し刺網漁業を行う漁業者が所属している漁協は5組合にも及ぶため、組合を超えた独自の操業に関する調整が必要となります。 そこで、大阪のサワラ流し刺網漁業を行う漁業者は、以下のような順番制を導入することにしました。 具体的には、船主(漁業者)を15人とした場合、15人を3つのグループに分けます(1グループには5人の船主が所属)。 ここでは、便宜上、グループ名をA、B、Cとし、グループAに所属する船主をA1、A2…、A5とします。 船主は気に入った場所に網を入れたいという気持ちがありますが、すべての船主がそのような行動をすれば、漁場は混乱します。 そこでまず、グループAが他のグループに先んじて網を入れてよい日を決定し、その日に船主A1からA5が順番に、次々と網を投入します。グループAの船主全員が網を入れ終わると、次にグループBの船主が網を入れます。グループBの船主全員が網を入れ終わると、次にグループCの船主が順に網を入れます。 翌日もグループA、グループB、グループCの順番で網を入れますが、すべてのグループ内での順番については変更します。 前日、グループ内で2番目に網を入れた船主(A2、B2、C2)が最初に網を入れ、1番目に網を入れた船主(A1、B1、C1)は翌日、グループ内で最後に網を入れるようにします。 この網を入れる順番は、漁業者が一覧表を作成し、各船主に配布するとともに、現場では、各船主が無線で互いに連絡し合うことでスムーズな運営を図っています。 また、漁場が近接する場合は、網が絡まないように1000mの間隔を開けることにしています。 順番性が導入される以前は、最初に漁場に着いた船主が操業を行っていました。そのため、各船主は急いで漁場に行かなければならないため、①漁船のエンジンが傷み、燃費が悪くなる、②漁業者に疲労が蓄積する、といった難点がありました。 しかし、順番制の導入はこれを軽減し、何よりも漁業者同士の団結を強くしたことは注目に値します。 議論を重ねて実現したサワラの資源回復尾崎漁業協同組合(以下、JF尾崎)で副組合長を務める樋口正明さんは、「サワラ瀬戸内海系群」の資源回復に向けて心を砕いてきた漁業者の一人です。 大阪府におけるサワラの漁獲量は1980年代後半から減少傾向となりました。そこで、樋口さんをはじめとしたJF尾崎に所属する漁業者は、大阪府立環境農林水産総合研究所の指導を受け、90年代前半からサワラの受精卵放流を開始しました。 JF尾崎JF尾崎の樋口副組合長(写真右端)とご家族大阪湾では、4月~7月に卵を持つサワラのメスが漁網にかかることがあります。受精卵放流の作業は、漁獲後直ぐにメスの体から卵を絞り出してオスの精子をかけ、その卵を海に戻します。 樋口さんによると、受精卵放流を始めた当初は、1日操業しても、1隻の漁船で多くても10匹程度しかサワラが獲れなかったそうです。そこで当時は JF尾崎所属船の中から1隻が作業船の役割を担うことになりました。 具体的には、ある漁船が抱卵しているメスをつかまえたら、作業船が受け取り、無線でオスをつかまえた漁船を探すというように、受精の回数を増やしていきました。 しかし、それでもサワラ資源の回復はなかなか進みませんでした。 当時、若手漁業者だった樋口さんは、検討会に参加するために、何度も神戸に行きました。 海域によって漁業のやり方が異なるため、ルールづくりは難航しましたが、参加している漁業者の中には自主的に秋に禁漁するなど、資源回復に向けた努力を重ねている人々もおり、「私たち大阪の漁業者も、資源回復に協力しないといけない」と強く感じたそうです。 そして、議論を重ねることで、検討会の参加者は協調することの重要性を再認識し、最初の資源管理の方法として漁網の目合いを大きくすることに合意しました。 その合意は、サワラ流し刺網の網目の統一や禁漁期間の設置など、「サワラ瀬戸内海系群資源回復計画」(以下、回復計画。)として正式な文書となりました。 「今後もみんなでサワラ資源を大切にしていきたい」という思い回復計画は2002年から実施されました。同計画の中で注目すべきは、資源管理のために広域で禁漁期間を定めたことです。 紀伊水道、大阪湾、伊予灘、周防灘では、春に産卵のために瀬戸内海中心部へ向かうサワラの採捕を禁止し(春漁の禁止)、小型魚が回遊する播磨灘、備讃瀬戸、燧灘、安芸灘では秋の採捕を禁止しました(秋漁の禁止)。これは現在でも遵守されています。 かつて大阪府では、サワラの流し刺網漁業を行える期間は4月1日~12月31日まででしたが、回復計画の実施以降、6月5日~7月11日を休漁期間にしています。 漁業者の合意が基盤となった資源管理措置(水産研究・教育機構 水産資源研究所「令和5年度サワラ瀬戸内海系群の資源評価結果」より抜粋)また、漁業者は漁網を入れてから3時間以内には網を揚げ始め、操業時間にも配慮しています。帰港後の出荷準備では、鮮度を重視した作業を行い、一匹の価値を上げる努力もしています。 樋口さんは、サワラ流し刺網漁業が可能な4~5月、卵を持ったメスが網にかかるとオスの精子をかけ、受精卵を放流することを現在も自主的に行っています。 そんな樋口さんは、「魚庭(なにわ)のサワラは秋がおいしい」といいます。それは大阪湾のサワラは、夏にしっかり子魚を食べ、秋に身質と脂のバランスがとてもよくなるからだそうです。 「若い世代もサワラの流し刺網漁業に就業しており、今後もみんなでサワラ資源を大切にしていきたい」と樋口さんは考えています。 漁協(JF)資源管理近畿田口 さつき(たぐち さつき)農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。 日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。 Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。 ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページこのライターの記事をもっと読む
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