ニッポンさかな酒 三番瀬ホンビノス貝にイタリア・ワイン 文&写真:吉村喜彦 2021.8.19 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 白い方が、ホンビノス。茶色っぽいのは、ハマグリホンビノスという貝を知ったのは、一昨年の秋。 九州・糸島の牡蠣小屋で浜焼きを食べたときだった。 かたちはハマグリによく似ていたが、貝殻が白かった。食べると、ハマグリよりも身肉がかたく、大衆的なハマグリという感じがした。 訊くと、船橋で採れるという。 へえ。東京湾にそんな貝がいたんだ。ぜんぜん知らなかった。 ぜひ取材をと思い、先日、船橋の漁港を訪ねた。 * * * 船橋の漁港船橋の漁港ホンビノスの原産地は、北米大陸の大西洋側。セントローレンス湾からフロリダ半島東岸にかけて。 昔からアメリカでは人気の食材で、チャウダー・クラムとも呼ばれているそうだ。 そういえば、いちどニューヨーク・セントラルステーションの「オイスター・バー」で、名物のクラムチャウダーを食べた。 そうか。ハマグリだとばかり思っていたが、あの貝はホンビノスだったのか。シコシコした食感が印象に残っていた。 ホンビノスが東京湾で見られるようになったのは1998年頃。幕張人工海浜、京浜運河、千葉港、船橋付近と、2000年代アタマに定着が確認された。 どうも、船のバラスト水、あるいは船体に付いてやってきたようだ。 バラスト水というのは、空荷で出港する船に積まれる海水のこと。着いた港で、貨物と交替して、船外に排出される。 * * * 写真:船橋市提供船橋では、2000年代はじめからホンビノス漁をやっている。 漁場は三番瀬(さんばんぜ)とその周辺。船橋漁港から30分ほどの距離。三番瀬は東京湾湾奥に唯一残された干潟である。 写真:船橋市提供写真:船橋市提供青潮でアサリが採れない時期に、ホンビノスがやってきたことも、生産を加速させた。 アサリとホンビノスは同じ干潟に生きているが、棲む場所は微妙に違う。 アサリは浅い砂地、ホンビノスはもう少し深い泥地。だから、食べる前に砂抜きしなくていい。その簡便さもホンビノスのメリットだった。 当初はホンビノスは東京の海にまだ馴染んでいなくて、身が硬かった。 ところが、徐々に柔らかく、美味しくなったという。 もともとホンビノスは殻をかたく閉じているが、日本に来てから、口を開くようになったそうだ。 なんだかホンビノス君は、どんどん日本化してきているのかもしれない。 * * * ホンビノスの浜焼きを食べた。 醤油も何もたらさずに、ただ網で焼いただけ。ホンビノスは砂抜きせずに食べられるから、調理の手間もかからない。 プリプリッとした身肉を噛んでいると、自然の塩味がじんわり染みだしてくる。まさに、東京の海を味わう感覚だ。 串揚げもなかなかイケる。 しかし、やはり、いちばんは、クラムチャウダー。 クリーミーなスープとホンビノスの食感がじつによく合う。ハマグリではちょっと柔らかいかもしれない。 合わせるワインは、魚介類とのマリアージュに定評のあるイタリアのガヴィ。 シトラス系の香りや蜜のような香り。爽やかで、はつらつとした酸味のある味わい。 太陽の光の下で、ぐいぐい飲むのに適したワインだ。 ガヴィを飲みながら、クラムチャウダーを食べると、ああ、そこは地中海。 ホンビノスの「ビノス」はヴィーナスから取ったそうだ。 まさに東京湾のヴィーナスにめぐりあった気分である。 文&写真:吉村喜彦 漁協(JF)酒漁師関東吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
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