海を護る漁協の活動史~わかしお石鹸誕生秘話~

このコラムは、『農中総研 調査と情報』(2016年11月号)に掲載されたものを転載しました。団体名等の表記はそのまま転載しております。
海を護る漁協の活動史―わかしお石鹸の誕生― | 2016年11月号 | 農中総研 調査と情報 | 定期刊行物 | 農林中金総合研究所

「わかしおせっけん」とは

天然石鹸「わかしお」は、1973年の発売以来、漁家の女性達に愛用されてきた。
この石鹸は、天然油脂から作られており、分解されやすく川や海など環境への影響が少ないことから、多くの漁協の購買事業で取り扱われている。現在、「わかしお」はヱスケー石鹸株式会社が製造し、全国漁業協同組合連合会(以下「JF全漁連」)の内部組織である全国漁協女性部連絡協議会がJFブランドとして販売している。
「わかしお」の根底には、組合員100人ほどの小さな漁協の草の根運動がある。

川口漁協と石鹸の出会い

千葉県房総半島南部の千倉町川口漁業協同組合(以下「川口漁協」)では、組合員はあま漁や刺網漁を行い、良質なアワビ、サザエ、イセエビ、ヒジキなどを水揚げしていた。
しかし、価格交渉力がなく、浜値が品質に見合ったものでないことから、1960年代から役職員が一丸となって直販事業に取り組み始めた。

同組合が天然石鹸に関心を持つようになったのも直販事業の推進中に得た情報からである。60年代後半に植木泰滋氏(元参事)らが東京都庁に学校給食向けに海産物の売り込みにいったところ、都職員から「学校給食など都が関わる以上、この魚が安全かどうか問われてくる。
そのため、検査してほしい」と言われた。続けて、「工場排水は水俣病以来の反省から規制されていく。これからは、家庭からの雑排水が海を汚すことになる恐れがある」と、合成洗剤の問題(注1)について説明を受けた。
同時に植木氏らは環境にやさしい「母親シャボン(注2)」という石鹸の存在を教えてもらった。
この件で、同組合は、海産物に対する消費者の安全安心への高い関心を真摯に受け止め、合成洗剤への研究に進むこととなる。

(注1)当時、合成洗剤に使われていた窒素や界面活性剤アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(ABS)の問題が深刻化していた。
(注2)母親シャボンは、太陽油脂株式会社が製造。2015年に廃番となる。

2つの活動

「海と暮らしを護る会」機関紙創刊号

同時期に、川口漁協には丸山正二郎という職員がいた。その兄の丸山隆一郎氏は勝浦市の鵜原漁協でアワビの増殖事業を担当していたが問題を抱えていた。
アワビの種苗栽培は、1年目はうまくいったが、2年目は奇形や斃死が続出していたのだ。その原因を隆一郎氏が考えていたときに、弟の正二郎氏を通じ、合成洗剤の情報を得た。
すると、稚アワビの付着器を合成洗剤で洗っていたことに思い当たった。
そこで合成洗剤の利用をやめたところ、孵化・生存率が上昇した。また、母親シャボンを取り寄せ、付着器の洗浄に使ってみたところ、問題なく育てられた。
これを受けて、川口漁協は「海と暮らしを護る会」を結成し、丸山兄弟を中心に勉強会を続けた。

今でも、東安房漁協に残る視覚教材(魚は刺繍)

また、漁村の生活排水で海を汚さないために、組合と婦人部が一体となり、合成洗剤の問題を婦人部活動のテーマにした。
併せて、指導課に女性職員を配属し、婦人部の活動を支援した。婦人部は合成洗剤に対し、「使わない、買わない、贈らない」の三ない運動と石鹸利用運動を展開した。
女性のネットワークを通じ、近隣の漁家の生活のなかに石鹸の使用が普及していった。
次第にこの活動が他地域にも知られ、講演に来てほしいという連絡が全国から組合に寄せられるようになった。

石油ショックが転機に

植木泰滋氏(元参事)

ところが第一次石油危機の発生による混乱から、石鹸はおろか、合成洗剤も小売店の棚からなくなった。この事態を受け、川口漁協にも石鹸についてどう入手したらいいかと問合せが来るようになった。

千葉県市原市五井にチッソ株式会社の工場があり、石鹸の原料であるソーダ灰を作っていた。そこで、植木氏らが五井の工場まで赴き、工場長に「千葉県の漁業者が困っているので石鹸を作るための原料をヱスケー石鹸株式会社に送ってほしい」と頼んだ。
これにより、事態が打開された。新たに供給された石鹸がとてもよく売れたのをみて、漁協ブランドで石鹸を開発普及する機運が盛り上がった。

これを「海と暮らしを護る会」に参加していた千葉県漁業協同組合連合会(以下「JF千葉県漁連」)の指導担当職員が聞きつけ、同会が窓口となってヱスケー石鹸株式会社と交渉し、共同開発を進めた。そして、製品化された石鹸を「わかしお」と名付け、漁協の購買事業で取扱いを開始した。

全国の漁協に普及

しかし、「千葉県内の漁協が使っているだけでは海への影響は微々たるものである、全国に普及させなくては」という考えからJF千葉県漁連がJF全漁連に「わかしお」を紹介した。そのときに、JF全漁連から川口漁協にこれまでにかかった開発費などの扱いについて聞かれた。

すると、同組合は、「海をきれいにするために権利は一切要求しません」と回答した。
これにより、全国漁協婦人部連絡協議会(現在のJF全国女性連)が「わかしお」の販売元となり、全国の漁協の女性部による「わかしお」利用運動が拡大していったのである。そして今日では、漁民が海を公害から護る活動のシンボルとして位置づけられている。

3度の合併を経て、川口漁協は東安房漁業協同組合となったが、現在でも、組合が窓口になって生協などの視察、漁業体験を受け入れ、海という環境と食文化を護ることを都市住民に伝え続けている。

海を護るために漁協系統が石鹸を開発し、漁家が使い続けるという例は世界にも稀有なことである。また、一地域の草の根の活動が全国に波及したことは新たな漁業協同組合間の系統運動そのものだったといえるのではないだろうか。

 

このコラムは、『農中総研 調査と情報』(2016年11月号)に掲載されたものを転載しました。
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  • 田口 さつき(たぐち さつき)

    農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。   日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。   Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ

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