水産業の新戦略 環境変化に直面する浜名湖とJF浜名雄踏支所の今 2024.9.17 古江晋也(ふるえ しんや) 印刷する 水揚げされたトゲノコギリガザミ(ドウマン)環境変化に直面する浜名湖静岡県西部地域に位置し、浜松市と湖西市にまたがる浜名湖は、遠州灘とつながる汽水湖です。そのため「袋網」(または「角立」)と呼ばれる小型定置網漁、夜間に船上からモリやすくい網で魚やエビ、カニを漁獲するタキヤ漁、そして刺し網漁やカゴ漁などさまざまな漁法で、多様な魚が水揚げされてきました。また養殖業も盛んであり、ウナギ養殖の発祥の地とされています。そんな水産資源の豊富な浜名湖ですが、最近では栄養塩の不足、水温の上昇などにより、これまで数多く漁獲されてきたアサリ、ガザミ、クルマエビなどが減少するようになりました。 しかしその一方で、トゲノコギリガザミ(ドウマン)の水揚げ量は増加傾向にあります。ここでは、浜名漁業協同組合(以下、JF浜名)雄踏支所へのヒアリングをもとに、環境が変化する浜名湖の今を考えます。 JF浜名雄踏支所激減するアサリの水揚げ量浜名湖は全国有数の養鰻業の盛んな地域であるとともに、1900年に養鰻業が開始されたという歴史的な経緯から、ウナギを連想する読者も多いでしょう。しかし、浜名湖内で水揚げされる魚介類は、養殖・天然ウナギ以外にも、スズキ、コノシロ、アサリ、クルマエビ、ボソエビ(ヨシエビ)、ガザミなど、約30種類にも及びます。特にガザミやタイワンガザミは、地元の人々にとって欠かせない食材で、夏祭りや親せきなどが集まった際、茹でるなどして食べるそうです。 一方、浜名湖外の遠州灘ではシラス漁が盛んであり、JF浜名の2020年の総水揚げ量の79%がシラス(1882トン)とアサリ(707トン)で占められています。特に漁業経営という観点からアサリ漁をみると、漁業者が一人で漁を行うことができ、経費がさほどかからないため多くの漁業者が営んできました。しかし、アサリの水揚げ量は減少を続けており、1980年代前半は浜名湖全体で8,000トンの水揚げがあったものの、昨今では10分の1以下にまで減少しています。その理由の一つに、浜名湖の環境の変化があると言われています。 具体的には、①浜名湖の塩分濃度が上昇し、汽水域ではなく、海水へと変化していること、②下水処理施設が完備され、栄養塩の供給が減少していること、③浜名湖北部を流れる都田川の上流に建設された都田川ダムが1984年に竣工し、魚介類が生息するために必要な砂などが流れなくなったこと、④海水温が上昇するようになったことなどが挙げられています。 浜名湖で水揚げされたウナギ漁獲量が増加しているドウマン一方、近年、漁獲量が増加している魚介類もあります。それがトゲノコギリガザミです。地元ではトゲノコギリガザミの甲羅が丸い形をしていることから「ドウマン」(胴丸がなまったそうです)と呼んでいます。ドウマンは亜熱帯地方に生息するカニであるため、国内で漁業として漁獲している地域は、沖縄県の八重山諸島や高知県浦戸湾などに限られ、静岡県は北限とされています。浜名湖のドウマンの漁が盛んな時期は夏から秋にかけてで、以前は10月末まででした。しかし、最近では水温の上昇により11月でも漁が増えました。 資源保護の観点からJF浜名では、抱卵したドウマンを放流することにしています。また抱卵した一部のドウマンは、静岡県温水利用研究センターに持ち込まれ、稚ガニになるまで同センターで飼育されます。稚ガニにまで成長したドウマンはJF浜名が買い取り、浜名湖に稚ガニを放流します。 このように、近年ドウマンが増加するようになった背景には、JF浜名による増殖活動があります。 漁獲量が増加しているドウマン大きなドウマンに歓声があがるJF浜名雄踏支所の競りJF浜名雄踏支所の競りは早朝7時20分から始まります。漁業者は7時ごろから水揚げした魚介類を次々とカゴの中に入れ、競りの時間を待ちます。雄踏支所では、カゴの中身を見た仲買人が紙に希望落札金額を記入し、漁協職員(競り人)に紙を手渡す方法で競りを行います。落札した仲買人はすぐに魚の計量にとりかかります。 筆者が訪問した7月中旬は、袋網で漁獲したウナギ、ハゼ、コチ、ヨシエビ(ボソエビ)などが水揚げされていました。ドウマンはカゴ漁でも漁獲されます。ドウマンのカゴ漁を行っている竹林剣心さんは、夜中の2時半ごろにカゴを揚げ、5時に終了した後、翌日の準備を行います。そして早朝7時の競りに間に合うように雄踏支所に水揚げします。大きなドウマンが競りに出されると、仲買人が「おおっ」「見事だ」と歓声をあげるのが印象的でした。夏場はドウマンの水揚げ量が多く、単価も他の魚種と比較して高いことから注目されます。仲買人は競り落としたドウマンを地元のホテルや豊洲に運びます。濃厚な味が特徴であるため、茹でるよりも蒸す調理法がよりおいしさを実感できると言います。 ドウマン漁を行っている漁業者の鈴木靖人さん(左)と竹林剣心さん(右)ドウマンをカゴに入れ、競りの準備を行う競りの様子人為的な影響も少なくない環境変化浜名湖の環境変化によって現在、ドウマンの漁獲量は増加しています。ドウマンの知名度は浜名湖産のウナギほど高いわけではありませんが、テレビ番組で取り上げられたり、SNSで注目されたりしたことで人気は上々だそうです。しかし、雄踏支所長の江間勇人さんは、「浜名湖内の漁業は、やはりアサリが獲れないといけない。漁業者が廃業することになる」と話します。また、アサリが生息していた地域にはアマモ場が広がっていたそうですが、そのアマモ場も高水温のため減少傾向にあると言います。 このように、浜名湖はさまざまな要因によって環境が変化しましたが、その多くは人為的な影響であることが注目されています。 浜名湖は食材の宝庫であり、さまざまな食文化を育んできました。しかし、現在ではその一部が消失する危機にあり、漁業と食文化を継続するためにはどのような対策が必要か、私たちは今一度考えていかなければなりません。 JF全漁連漁協(JF)近畿イベント古江晋也(ふるえ しんや)株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。 専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。 現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。 ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)このライターの記事をもっと読む
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