天丼には苦みのビール       文&写真:吉村喜彦

秋晴れの一日、柴又に遊びに行った。
言わずと知れた、映画「男はつらいよ」の寅さん=車寅次郞のふるさとである。

寅さんが産湯をつかった帝釈天にお参りし、
参道前の商店街をぶらつき、天ぷら屋に入る。
はじめて柴又に来たのは、コロナ禍のはじまった2020年。
参道にほとんど人通りはなかった。
ひっそりとした商店街。
その天ぷら屋に入って食べた天丼が妙においしくて、忘れられなかった。
それで再訪したのである。

渥美清や倍賞千恵子、山田洋次監督などのスタッフは、
撮影の待ち時間に、この天ぷら屋で天丼を食べたそうだ。

客のいない店で、大将が下町の人なつっこい話ぶりで教えてくれた。
そんなこんな、いろいろ好印象があった。

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天ぷらは店頭で揚げている。
いいにおいが、参道のすこし先からも漂ってくる。
誘蛾灯にさそわれるように、今回も店にむかう。
すこし並んでも苦にならない。

大将が大きな海老をリズミカルな調子でつまんで、油に入れる。
その身ぶり手ぶりをみているだけで、あきることがない。

子どもの頃、デパートの地下で「きんつば」を焼いているのを
ガラスに顔をつけて見つめていたのを思いだした。

やはり、職人の動きはカッコいいのだ。

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この店の天ぷらの色は黒い。

下町の天ぷらは、こういう色だ。

江戸の頃、天ぷらはゴマ油で揚げていたが、
じょじょに時代が下ると、綿実油やサラダオイルで揚げるようになり、
衣の色も白っぽいものが増えていったという。

もともと天ぷらは屋台のファストフードだったが、
江戸時代末には高級天ぷらもあらわれ、
二極化のきざしはすでにそのころから始まっていた。

上品なお座敷天ぷら系(白っぽい)と、下町の衣ぶあつい系(黒っぽい)。

柴又の天ぷらは、とうぜん衣は厚く、黒い。

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長年使い続けた秘伝のタレに天ぷらをくぐらせ、
ほかほかのご飯にのせる。

この店の天丼(並)は、海老(ブラックタイガー)、キス、ししとう、がのっている。

はじめて食べたとき、このタレの甘さに惹かれた。
ご飯とこのタレさえあればいい。それくらい美味い。

今回、天丼の作り方をよく見ていると、天ぷらをご飯の上にのせる前に、
ご飯の上にタレをたらりと垂らしていた。

そうか。やっぱりそうだったんだ。

天丼のタレを吸い込んでもへたれない厚い衣が、また、すばらしい。

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天丼の誕生は、諸説あるが、
その一つは、明治7~8年に神田鍛冶町の「仲野」という天ぷら屋(今川橋の北2丁のところ)が元祖だという説。

そのころ、鰻丼が20銭で、天丼は7銭だったそうだ。

当時、職人や商人がたくさん働いていた鍛冶町では、
安くて、おいしくて、かつエネルギー補給もできる天丼は大人気となった。

天丼は、たしかに肉体労働をする人間にとってありがたい食べものだ。

撮影の合間に、「寅さん」のスタッフが天丼を食べて休憩したというのも、よくわかる。

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海老の天ぷらをサクッとかじって、タレの染みたご飯をかっ込む。
これ、天丼の至福タイム。

江戸の頃は、小麦粉の粒が今よりかなり大きく、ザクッとした食感ではなかったかとも言われている。
屋台の天つゆも、黒砂糖を使っていたそうだ。これは、これで食べてみたい。

天丼が流行するまえには、天茶漬けも人気があった。
お座敷天ぷら屋で食べたことがあるが、
しつこいものとあっさりしたもの、この調和の妙だと思った。

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さて。
天丼に合う酒は、熱処理をした、苦みのあるビールだ。

ビールは酵母菌の除き方で、熱処理をしたビールと、しないビール(生ビール)にわかれる。

いまはほとんど生ビールになっているが、もともと熱処理をしたものが多かった。

日本で現存する最古のブランドといわれるサッポロラガービール(赤星)、
そして、キリンクラシックラガーなどが、熱処理をしている。

味わいは苦みが強い。コクがある。

しかも、赤星もキリンクラシックもどちらも副原料として米をつかっている。

丼も米。
これは合わぬはずはない。

しかも、濃厚な味わいには、苦みがぴったり。

天丼屋で飲むときは、この2銘柄をお試しあれ。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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