ニッポンさかな酒 初鰹、土佐の酒と下り酒 文&写真:吉村喜彦 2025.6.26 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 新緑のころは、カツオの季節。 江戸っ子はことのほか、初ガツオを好んだ。 「初もの七十五日」ということわざがあり、 「初ものを食べると七十五日長生きできる」と縁起をかついだ。 見栄っぱりの江戸っ子のこと。 なにより粋とスピードを愛したのだ。 「江戸っ子は 五月の鯉の 吹き流し」 そのさっぱりした気性とカツオの爽やかな味わいが合っている。 * * * カツオは回遊魚。 春、九州の南にあらわれ、黒潮にのって、土佐から紀州の沖にかかる。 そのころは、まだ脂肪分が少ないのでカツオ節に適している。 遠州灘から伊豆半島沖を過ぎるころ、ちょうど脂肪がのってくる。 やがて、カツオは東北から北海道まで北上。 秋になり、水温が低下するとともに、反転して南へ。戻りガツオになる。 * * * 「初かつお 辛子がなくて 涙かな」 という句がある。 江戸のころ。 カツオは刺身で食べた。 薬味はおもに大根おろしや辛子(からし)だったそうだが、 いまは「たたき」が人気だ。 先年、この時節に、高知でカツオを食べようと旅にでた。 もちろん「たたき」を賞味したかったからだ。 現れ出でたるは「塩たたき」。 ぽん酢以外で食すのははじめてだった。 皮目がパリッと香ばしい。 塩加減がちょうどいい。 ニンニクスライスをのせると、味わいに一層のふくらみが生まれた。 分厚くカットされた身肉は、まさにカツオのステーキだ。 酒は土佐の酒「安芸虎 純米吟醸たれくち」。 酒をしぼるときに、「槽(ふね)」の口からたれる液体をそのまま瓶詰めしたのだという。 無濾過の生酒。いわば生まれたての酒。 溌剌としてみずみずしい酒は、 生気あふれるカツオにじつによくフィットしていた。 * * * そして、先日、燗酒に気をつかう東京の店で出てきた「たたき」には、 辛子(からし)が添えられていた。 これか江戸っ子が食べていたのは、と頬ばると、 つーんと抜ける辛さが、「おお、納豆の美味さと同じだ」と妙に納得する。 まさに江戸っ子の好みだ。 合わせた酒は、当時、江戸で好まれていた下り酒(上方から下ってきた酒で、プレミアムな価値があった)。 灘の白鷹(はくたか)。本醸造。ぬる燗で。 これがまたいい。 甘・酸・辛の調和がとれ、じつに滑らか。きめ細かな味わいだ。 のどから食道、胃の腑へ、するするとくだっていく。 カツオもこのおだやかな海のような酒に、ひとしお喜んでいるようだ。 店の暖簾をくぐって外に出ると、 みどりの風がふっと頰を過ぎていった。 初夏。 ほんとうに、いい季節だ。 文&写真:吉村喜彦 酒中国・四国吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
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