JF茅ヶ崎市のハマグリ増殖活動~茅ヶ崎市とともに特産品づくり~ 2026.10.7 田口 さつき(たぐち さつき) 印刷する 相模湾のハマグリ増殖活動神奈川県では、湘南漁業協同組合(以下、JF湘南)藤沢支所によるチョウセンハマグリ(以下、ハマグリ)の資源量を回復させる取り組みや、品質管理とPRを通じて「湘南はまぐり」というブランドが誕生しました。料理店や観光ホテルなどで需要が拡大し、藤沢市のふるさと納税返礼品としても人気が定着しています。2019年にはJF湘南鎌倉支所で「鎌倉はまぐり部会」が結成され、資源管理ルールを策定。漁獲個数の数倍を放流できる放流歩金を導入することにより、「とるほど増える仕組み」を実践して、ハマグリ資源の増殖に繋がりました。 湘南地区の漁業協同組合でハマグリ増殖活動が広がっている背景には、海洋環境の変化などから相模湾において、アワビやサザエなどの貝類や主要魚種の漁獲が減少していることなどがあります。 茅ヶ崎市漁業協同組合(JF茅ヶ崎市)も2018年から(公財)相模湾水産振興事業団の支援を受けてハマグリの増殖活動を始め、2025年にはハマグリ貝桁漁を営む8人の漁業者が「茅ヶ崎はまぐり部会」を結成しました。部員は、稚貝の放流、生息地調査、稚貝調査などを神奈川県水産技術センターとともに行ってきました。地元茅ヶ崎市も2026年度から、新たな特産品の創出、地産地消、食育の推進に向け、はまぐり放流や市民等に向けたはまぐり放流体験の実施をJF茅ヶ崎市に委託しました。 ここでは、ハマグリを新たな特産品として、市民に海や水産物とふれあう機会をもうけるJF茅ヶ崎市の取り組みをご紹介します。 ハマグリの種苗放流(写真提供:神奈川県水産技術センター)相模湾とハマグリ近年、相模湾の海洋環境が変化する中、なぜハマグリの増殖が可能なのでしょうか。それは、ハマグリの生態と相模湾の特徴に深くかかわっています。相模湾でのハマグリ増殖活動を支えてきた神奈川県水産技術センター相模湾試験場の普及指導担当の荻野隆太さんによると、ハマグリはプランクトンや有機物を餌にするため、磯焼けによる海藻減少の影響は受けないそうです。また、ハマグリが生息するには細砂の分布(砂が細かくないとハマグリが砂に潜れない)が不可欠で、①江の島に続く砂州が西からの流れを堰き止め、細砂が溜まりやすい地形になっていること、②この砂州の堰き止め効果により西からの流れがぶつかり、沖から岸に向かう反流により産まれたばかりのハマグリの浮遊幼生が浅海域の好適な浅場に着底しやすいこと、③相模湾に流入する河川から栄養塩が供給され、それを糧としてハマグリの餌となるプランクトンが繁殖すること、などが挙げられます。 なお、3ミリメートル前後(2歳)の稚貝を放流すると、4年後には漁獲サイズまで成長します。 JF茅ヶ崎市の管内は海岸線が広く、ハマグリの生息に適した細砂の漁場があります。そこで、ハマグリの稚貝を放流して、その定着状況を調査することで効果を検証するとともに、新たにハマグリの漁場になり得るエリアも探してきました。 湘南エリアがハマグリ生息に向いている理由(写真提供:神奈川県水産技術センター)茅ヶ崎海岸の侵食と再生の歴史ハマグリが生息するためには、浅海域の底質が細砂であることが必要です。ただ、JF茅ヶ崎市管内の海岸は急激な侵食と再生という歴史を経てきたので、そのような環境をどう確保していくかは多くの関係者の意見調整が必要です。 侵食の原因は、相模川にダムが建設され、1950年代後半から1960年代前半に大規模な砂利採取が行われるなどの都市開発が進んだ結果、河川からの土砂量が激減したことです(注1)。また、漁港など沿岸を漂う砂の移動を阻む施設が建設され、局所的な侵食が進みました。神奈川県は1999年度から対策を検討し、2006年度に「茅ヶ崎中海岸侵食対策協議会」(現在は茅ヶ崎海岸侵食対策協議会)を設置しました。同協議会では、土砂の供給元の調査や試験的な土砂投入後のモニタリング結果をもとに具体的な養浜手法の検討や改善に向けた協議が行われます。専門家や地域の関係者と一緒に、JF茅ヶ崎市関係者も同協議会の委員として議論に参加してきました。神奈川県は2006年から相模ダムに堆積する土砂を海辺に投入しています。当初、養浜に使用された土砂には大きな石なども含まれており、生態系に適しているか懸念されましたが(注2)、この協議会での議論やJF茅ヶ崎市による行政への要望などにより、改善が図られてきました。なお、茅ヶ崎市も茅ヶ崎漁港西側の堆積土砂などを神奈川県の行う養浜事業に提供しています。 図は神奈川県「茅ケ崎海岸侵食対策事業」サイト「土砂の流れの遮断」より引用ハマグリが育つ畑の整備「茅ヶ崎はまぐり部会」の部会員は神奈川県水産技術センター相模湾試験場が開催したハマグリ資源増殖に係る勉強会に参加し、藤沢や鎌倉の先進事例について学びました。 この結果、放流歩金として、ハマグリを1キログラム採捕するごとに、200円を種苗放流のために積み立てることにしました。これにより、漁獲個数の数倍を放流することができ、「とるほど増える仕組み」が導入されたといえます。 また、7~8月の間は禁漁とし、漁獲できるハマグリの大きさは、殻長7センチ以上としました。漁船は操業時の過剰な採捕を防ぐため5トン未満に制限し、操業できる回数は月に4回、1回当たりの操業時間は3時間としました。さらに部員1人当たりの採捕量は月に150キログラム以内としています。 このような資源管理の規則に加え、「茅ヶ崎はまぐり部会」では、ハマグリが育つエリアを広げて漁場を拡張するために、ハマグリの生息適地の細砂のエリアから大きな石などを取り除き、生息しやすい環境に整えることを検討しています。 「茅ケ崎はまぐり部会」の勉強会(写真提供:神奈川県水産技術センター)茅ヶ崎市の応援とハマグリ祭りJF茅ヶ崎市の代表理事組合長の真間義嘉さんは、しらす船びき網漁業を営む組合員が禁漁期(1月1日~3月10日まで)にハマグリ漁ができれば、収入が安定するのではないかと考えています。地元でも「新しい特産品になる」としてハマグリ増殖への期待は大きく、茅ヶ崎市では2026年度にハマグリの稚貝の購入費を委託にあわせてJF茅ヶ崎市に助成しました。これまで、茅ケ崎市ではJF茅ヶ崎市の養殖ワカメが冬の食材として親しまれてきましたが、そのワカメの収穫量が温暖化などにより安定しないことから、ハマグリが新たな地域資源となると期待されています。 JF茅ヶ崎市と茅ヶ崎市は、2026年6月6日に茅ヶ崎漁港で「はまぐり祭り」を初開催しました。当日は、JF茅ヶ崎市が活ハマグリやお吸い物を直売するなど、多くの模擬店が並び、茅ヶ崎漁港は賑わいを見せました。また、茅ヶ崎市立南湖公民館がJF茅ヶ崎市と共催で市内に住む親子を対象に「育てよう、茅ヶ崎ハマグリ!」をテーマとした勉強会を開催し、荻野さんが講師としてハマグリの生態や相模湾の漁業について解説しました。勉強会の後、ハマグリの種苗放流のために参加者は茅ヶ崎漁港近くの砂浜へ移動しました。茅ヶ崎市市長の佐藤光さんの「本日、みなさんにまいてもらうハマグリは今後、漁協の方が見守ってくれます」という挨拶の後、「大きくなれよー!」の掛け声で、参加者は次々に種苗を砂浜に放流しました。 茅ヶ崎漁港「はまぐり祭り」で稚貝放流に参加する佐藤光市長(写真提供:茅ヶ崎市)「はまぐり祭り」でハマグリを放流する参加者(写真提供:神奈川県水産技術センター)ハマグリは海底の環境がどのような状況にあるかを伝えてくれる生き物であり、JF茅ヶ崎市にとって海と地元の市民の食卓をつなぐ重要な水産資源でもあります。今後のJF茅ヶ崎市のハマグリ漁の発展が注目されます。 * * * 【参考文献】 古江晋也(2021)「大きすぎて”買いたたかれた『湘南はまぐり』の大逆転」、全漁連Sakanadia https://sakanadia.jp/torikumi/syonan_hamaguri/ 茅ヶ崎市(2023)「茅ヶ崎海岸の侵食対策事業について」 https://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/1060033/1022952.html 神奈川県「議事概要 第23回協議会の主な意見」 https://www.pref.kanagawa.jp/documents/126164/d23iken.pdf (注1)神奈川県「茅ケ崎海岸侵食対策事業」 https://www.pref.kanagawa.jp/docs/ex5/kaigan/chigasaki.html (注2)例えば、神奈川県「議事概要 第4回茅ヶ崎中海岸侵食対策協議会」 https://www.pref.kanagawa.jp/documents/48477/04_06gijiroku.doc 漁協(JF)資源管理関東田口 さつき(たぐち さつき)農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。 日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。 Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。 ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページこのライターの記事をもっと読む