新たなブランドカキの開発に取り組むJF小浜市

海洋環境の変化を見据え、シングルシード方式を導入

新たなブランドカキの開発に取り組む皆さん(写真提供:JF小浜市)

若狭湾に面した福井県小浜市では昭和初期にカキ養殖が始まりました。そのきっかけは、小浜市の漁業者が東京の文部省食堂(当時)で食べたカキフライのおいしさに感動したことだとされています。現在では、ホタテ貝の殻にカキの種苗を付着させ、筏から吊り下げて育成する垂下式養殖で生産されたカキが、「若狭かき」として出荷されています。
一方、海洋環境の変化に伴う海水温の上昇により、夏場にはカキがへい死するリスクが高まっており、生食用として販売することで付加価値を高め、観光誘致につなげたいという声も上がっていました。
そこで小浜市、小浜市漁業協同組合(以下、JF小浜市)及び福井県立大学は2020年代初頭から、バスケットやカゴの中でカキを育成するシングルシード方式による新たなブランドカキの開発に取り組んでいます。

純粋小浜産マガキ「若狭こはるかき」

小浜市には、北川と南川という二つの河川が流れており、さらに小浜湾には海底から地下水も湧出していることから、海域には豊富な栄養塩が供給され、植物プランクトンが多く生育しています。このため、小浜湾奥部はカキ養殖に適した環境を有しており、長年にわたり「若狭かき」が垂下式で養殖されてきました。この「若狭かき」の種苗は広島県、三重県及び宮城県から購入したものでしたが、2022年に広島県でカキ養殖の研究に取り組んできた教員が福井県立大学に赴任したことを契機に、シングルシード方式による天然種苗を使った純粋小浜産マガキの開発が取り組まれることになりました。

シングルシード方式によるカキの養殖(写真提供:JF小浜市)

福井県立大学の尽力により天然種苗を採取することに成功しましたが、シングルシード方式によるカキ養殖は手間を要しました。垂下式養殖ではカキが塊状に成長するのに対し、シングルシード方式ではカキがバスケットやカゴ内で個別に成長するため、形状のよいカキに成長できる一方で、きめ細かな管理が必要となります。
具体的には、バスケットやカゴを定期的に引き上げ、藻類などの付着物を除去したり、日光に当てて、適度なストレスを与えることで成長を促す作業を行います。また、植物プランクトンを均一に捕食できる環境を整えるため、カキの成長に合わせて大きさごとにバスケットやカゴを入れ替えます。特に夏場は藻の成長が早いため、週一回程度の頻度で管理作業を行う必要があります。一方、日光に当てすぎるとカキがへい死することもあるため、細心の注意が求められます。

付着した藻などを除去する様子(写真提供:JF小浜市)

このように手間をかけて生育されたのが純粋小浜産マガキの「若狭こはるかき」です。試食した関係者からは「プリプリとした食感と雑味のない濃厚な甘みが感じられる」との評価を得ています。また、生育期間が約8か月と比較的短いことも大きな特徴ですが、天然採苗に依存しているため、種苗が多く採取できる年と、ほとんど採取できない年との差が大きく、生産が不安定になるという課題がありました。また、シングルシード方式は海面近くで養殖するため、夏季の高水温の影響を受けやすいことも明らかになりました。そこで、2023年からは高水温への耐性が期待される三倍体マガキの試験養殖に取り組むことにしました。

高水温に耐えられる三倍体マガキ「若狭うららかき」

カキの染色体は通常2本ですが、三倍体マガキは染色体を3本に増やしています。産卵を行わない三倍体マガキは、体力の消耗が少なく、夏場でも身がやせにくいという特徴があります。三倍体マガキの試験養殖では、福井県立大学や広島県内の業者から種苗を取り寄せ、生育状況を調査しました。その結果、8割以上の個体が夏季の高水温に耐えられることが確認されました。その後、小浜湾で採苗したカキを親貝として純小浜産の三倍体マガキの開発に成功し、「若狭うららかき」と名付けました。「若狭うららかき」は、後味がすっきりしていることが特徴の一つです。また、生産面では周年出荷が可能であることも大きな利点となっています。さらに、加熱調理をしても身の縮みが小さいという特徴を有していることも明らかになりました。

「若狭うららかき」(写真提供:JF小浜市)

シングルシード方式によるイワガキ養殖への挑戦

小浜湾奥部の海域では、「若狭こはるかき」や「若狭うららかき」の開発を進める一方で、小浜市の外海域においてもカキ養殖が検討されてきました。小浜市の外海域では、以前からイワガキ養殖に適した環境であることが知られていました。しかし、イワガキは出荷までに約3年を要するため、養殖経営の観点からは、その間の収入をいかに確保するかが課題となっていました。
そこで、2023年春に矢代(やしろ)地区と阿納(あの)地区において「ふくい岩がき」の試験養殖を実施しました。その結果、想定を上回る成長が確認され、矢代地区ではイワガキの天然採苗が可能であることも明らかになりました。
イワガキについては現在、シングルシード方式で養殖することに挑戦しており、将来的には「ふくいイワガキ 小浜・魁」をブランド名として出荷することが検討されています。

「ふくいイワガキ 小浜・魁」(写真提供:JF小浜市)

年間を通じたカキの安定供給を目指すJF小浜市

小浜市、JF小浜市、福井県立大学の三者が「若狭かき」「若狭こはるかき」「若狭うららかき」「ふくいイワガキ 小浜・魁」といった新ブランドを次々と開発している背景には、それぞれの出荷期間を組み合わせることで、年間を通じたカキの安定供給を実現しようという狙いがあります。JF小浜市の松下卓也さんには、「小浜市で一年を通してカキが食べられるようになれば」との思いがあります。
近年、海洋環境の変化などの影響により、これまで漁獲や養殖が可能であった魚介類を安定的に供給することが難しくなった事例は少なくありません。こうしたなか、漁協や地方自治体、研究機関などでは、新たな養殖技術やブランド開発に向けた取り組みが加速しています。JF小浜市におけるシングルシード方式を活用した新たなブランドカキの開発も、そのような潮流の一つといえます。
今後は、県内外はもとより、国内外にどのようにPRを展開していくかが課題となります。しかし、年間を通じてさまざまなブランドカキを提供できることは大きな強みであり、今後の展開が注目されます。

  • 古江晋也(ふるえ しんや)

    株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。   専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。   現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)

    このライターの記事をもっと読む

関連記事