ニッポンさかな酒 遠方の朋と、アサリと、蕎麦前と 文&写真:吉村喜彦 2026.9.30 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 佐賀県唐津に寿司の名店「つく田」がある。 親方の松尾雄二さんとは同年輩で、 同じような文化の下で育ってきた。 はじめてお店を訪ねたその日から気があい、 それ以来、唐津で、東京で、と何度か飲んできた。 ときには、朝までバーで飲み明かしたこともあった。 そんな親しい友と、晩夏の東京で数年ぶりに一献かたむけた。 * * * 待ち合わせは、日本橋「室町砂場」。 やはり一流の寿司職人とは、東京の蕎麦屋でも歴史があり、 ぼく自身が大好きな一流店がいい、と思った。 神田である。 江戸である。 蕎麦である。 松尾さんと飲むにはふさわしい店である。 * * * さて。 「室町砂場」は「天ざる」「天もり」発祥の店だが、 蕎麦をたぐる前に、簡単な肴をつまみながらの酒。 これがたまりません。 必ず頼むのが、アサリの時雨煮。 身がふっくらとやわらかく、上品な出汁とぴりっとした生姜の風味がいい。 関東の醤油の美味さがまた、これらの味わいを引き立てる。 お通しとして出てくるときもあるが、 これは単品の肴として頼みたい。 まずは、サッポロの赤星でのどを潤し、 アサリの時雨煮をひとくち。 続いて、菊正宗のぬる燗を二合。もちろん本醸造。 おもわず、ため息。 子どもの頃、アサリはそれほど好きでなかったのに、 おとなになると、どうしてこれほど染みるのか。ほんとうに不思議。 ぼくが生まれ育ったのは大阪の泉大津という大阪湾に面した町だ。 1960年代前半までは、まだ白砂青松の浜が続き、 家から歩いて10分ほどの海で、兄が獲ってきたアサリを、毎朝、味噌汁の具にしていた。 そのころは、アサリの苦さが嫌で、汁だけ飲んでいた覚えがある。 そういえば、牡蠣フライも好きでなかった。 あの肝の黒いところが気持ち悪かった。 たぶん貝のもつ独特の苦みが、まさに「苦手」だったのだろう。 ところが、泉北コンビナートができて、海は埋め立てられ、 海岸線はずっと遠くに行ってしまい、もちろんアサリも忘れ去られてしまった。 そんなかなしい話をしながら飲んでも、 酒を美味く感じるのだから、ひとの感覚というのは妙なものだ。 * * * 調べてみると、日本のアサリ生産量は、愛知県が第一位だ。 たしかにあの海岸線はアサリがとれそうな感じがする。 かつて大阪湾もあんな風だったのだが……。 アサリの生産量は、 1960年代後半から80年代前半まで12万トン~16万トンの間を推移し、 比較的に安定していたという。 ところが80年後半から急減し、いまは、ピーク時の40分の1だそうだ。 この数字をみて、あらためて驚いた。 もっとアサリはたくさん獲れていると思っていたのだが、 自給率もかつて(1988年頃まで)は100%だったのに、いまは10%だという。 なぜ、こんなにアサリが減ったのか。 海水温が上がり、干潟が減り、海がきれいになりすぎてプランクトンが減ったからと聞いた。 そういえば、かつて大阪でも下水が完備されていなくて、 人糞などは海に流されていた。きれいな海ではなかった。 肥ツボに溜まったものは地下水に染みとおって、海に流入していた。 でも、それが適度な栄養を海に与えていた。 昨年、今年の酷暑や豪雨。 きれいになりすぎた海。 極端にはしる気候、そして人間。 はたして「きれいすぎる」この社会(その割に、忖度や賄賂、差別がはびこっている)は、 ぼくらにとって幸せなのか。 干潟を失っていくことは、「縁側」をなくすことであり、「あわい」の消失だ。 「いい加減」が失われるということは、 自然と人間のバランスが崩れることを意味する。 はたしてAIが日ごとに進化していくことは、幸せなのだろうか。 AIには悪意がない。そして倫理もない。 * * * 「いい加減」とは苦みと甘みをあわせて知ることではないか。 それはアサリの美味さを知ることに似ている。 1か0ではない。 アサリの味が、おとなになってわかる、というのは大切なことだ。 苦みと甘みは矛盾しない。 それらを包摂することが「おとなになる」ということ。 日本人は、どこかで「おとなになる」ことを勘違いし、 適当に「まあ、エエやないですか」と長らくやってきてるような気がする。 ほんとうの「いい加減」を忘れて、「エエ加減」で生きてきたのではないか。 そんなこんなを、アサリの時雨煮をつまみ、 菊正宗本醸造のぬる燗を飲みながら、松尾さんと語り合っていると、 いつのまにか黄昏のひかりが蕎麦屋のなかに入ってきていた。 まさに昼と夜のあわいの頃合いだ。 * * * ぬる燗、たそがれ、汽水域。 干潟、サッポロ、本醸造。 「ほどの良さ」が長い渚のような関係をつづけられる秘訣なのかもしれない。 いくら世界がシビアでも、 いやシビアだからこそ、そういう朋との酒は美味い。 後味のいい、爽やかな酒だ。 「朋あり。 遠方より来たる。 また楽しからずや、だね」 とアサリがつぶやいた。 文&写真:吉村喜彦 酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
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