JFいとうが取り組むブダイの流通拡大

磯焼けで荒廃する漁場

いとう漁業協同組合(JFいとう)の管内では、かつて大型褐藻類のホンダワラが表層付近まで繁茂し、漁船の航行に支障をきたすほどの状況であり、カジメも漁港近くまで広く分布していました。しかし、2010年頃からホンダワラやカジメが消失する磯焼けが進行し、これらの海藻を餌とするアワビやサザエの姿を見かけなくなりました。
そのため、潜水漁業者の収入は大きく落ち込み、休業や廃業する人も出てきました。現在も漁業を続けている人は、刺網など、別の漁法により、経営を成り立たせています。
静岡県の磯焼けは、2017年8月から始まり2025年4月に終息した黒潮の大蛇行(注)だけでなく、さまざまな要因から起こっています。このうち、伊豆半島周辺におけるカジメの減少については、ブダイによる食害の影響が大きいと考えられています。静岡県内では、ブダイの数を減らす試みはこれまでも行われてきました。さらに2025年から、静岡県の水産関係者は夏のブダイを食材として流通させる取り組みを開始しました。ここでは、JFいとうによるブダイの漁獲や流通の取り組みについて紹介します。

ブダイとカジメ場(写真提供:静岡県水産・海洋技術研究所伊豆分場)

静岡県でのブダイの研究

ブダイは全長30~40cmの魚で、最大60cmにもなると言われています。静岡県下田市などでは冬に食べられています。静岡県水産試験場(現在の静岡県水産・海洋技術研究所)伊豆分場では1970年代からブダイの研究が行われています。当時はブダイの需要が高かったことから、ブダイを増やすことが目指されました。しかし、1990年代からブダイがカジメを食べ、磯焼けをより進行させているのではないかと考えられるようになり、ブダイに対する評価は一変しました。特に黒潮の蛇行が発生した時は、秋の水温が例年より高くなり、カジメの葉の部分の消失量が多くなることがわかりました。さらに、水温が高いためにブダイの食欲が落ちず、カジメを食べ続けることで磯焼けを悪化させると推察されました。
静岡県水産・海洋技術研究所伊豆分場の鈴木勇己さんは、現在、ブダイの調査を担当しています。鈴木さんがブダイを撮影したところ、ブダイはカジメを口でくわえたまま、頭を振って、葉をちぎり、カジメに大きな損傷を与える行動が確認されました。ブダイは群れで行動し、カジメの群落(以下、カジメ場)を茎だけの状態にしてしまうこともあります。

ブダイに食べられたと見られるカジメ場(写真提供:静岡県水産・海洋技術研究所伊豆分場)

ブダイは、夏に活発に動き回り、また、産卵期でもあるので、この時期に漁獲すれば、効果的にカジメ場を守ることができると考えられています。しかし、夏のブダイは、「脂が少ない」、「鮮度が落ちやすい」、「磯臭さがある」という理由から、食用としてはあまり評価されていません。

夏も美味しいブダイ

鈴木さんは夏と冬に、刺網で漁獲後、すぐに水氷で冷却保管したブダイの脂質、鮮度を表すK値、香気成分について分析を行いました。すると、ブダイはそもそも脂質の低い魚であり、脂ののりは夏も冬も大きく変わらないことがわかりました。また、夏のブダイのK値は、漁獲直後はもちろん、3日後であっても20%以下と高鮮度を保っていました。磯臭さの原因とされるジメチルスルフィドの成分量は、食用利用されている冬のブダイよりも、夏のブダイの方が低いという結果でした。つまり、夏のブダイでも冬のブダイとそん色なく、美味しいことが示されました。なお、ブダイの刺身は白身で歯ごたえがあり、加熱するとプリっとした独特な歯ごたえがあるので、食材としても有望でした。
しかし、ブダイは単価が安いため、漁業者にとって主要な漁獲対象ではありません。これまでブダイは冬にイセエビ刺網漁業で混獲されたものが出荷されることがほとんどでした。漁業者は、より値段の高いイセエビを優先して刺網から外し、値段の安いブダイは後回しにするため、ブダイの品質が落ちやすく、それがさらに値段を下げる要因にもなっています。さらに夏場は、イセエビ刺網漁業は禁漁となるためブダイが漁獲されなくなってしまいます。
こうした状況の中、静岡県は磯焼け対策としてブダイの数を減らすため、2025年から夏のブダイを試験的に漁獲し、流通させる取り組みを開始しました。

有望な食材であるブダイ(写真提供:静岡県水産・海洋技術研究所伊豆分場)

ブダイを流通に乗せるために

鈴木さんが首都圏の飲食店関係者に対して、夏のブダイの品質について説明し、試食してもらったところ、シェフがブダイを気に入り、まずは期間限定メニューとして取り扱いを開始することとなりました。同時に県内の漁協と漁業者、そして水産加工業者にこの取り組みへの参加を呼びかけました。その結果、伊豆地域内3か所でブダイの漁獲から出荷までを実施する体制が整いました。
漁業者は、魚網(魚類を漁獲するための刺網)を使用してブダイを漁獲しますが、鮮度よく出荷するため、漁獲後すぐに冷却保管することを徹底し、さらに高い品質を求める飲食店向けに「血抜き」処理も行っています。漁業者が鮮度処理したブダイは伊豆地域内の水産加工業者で冷凍フィレに加工された後、首都圏のフランス料理店や中華料理店に出荷されます。
これまでブダイは、冬以外は100~200円/kgと低単価で取引されていましたが、この新たな流通体制に乗せることで、県の助成等が無くても周年300~500円/kgで取り扱われるようになりました。今後、さらにブダイの認知度、需要が増加し、単価向上に繋がれば、ブダイを漁獲対象とする漁業が成り立つようになると期待されます。

ブダイ漁をする佐藤竜太さん(写真提供:静岡県水産・海洋技術研究所伊豆分場)
丁寧に処理されたブダイの冷凍フィレ(写真提供:静岡県水産・海洋技術研究所伊豆分場)

ブダイの販路拡大への期待

JFいとうに所属する漁業者の佐藤竜太さんと坂下哲也さんは、JFいとうからの呼びかけでこの取り組みに協力しました。二人とも過去に潜水漁業を行っていたため、「茎だけになったカジメ場」も実際に見ており、長期間にわたる磯焼けに心を痛めていました。
JFいとうの管内では、磯焼け対策として移植した海藻の周りを網などの囲いで覆い、ブダイ等の食害魚から海藻を保護している水域があります。その水域のカジメは食害魚から食べられることなく、繁茂しており、放流したサザエの稚貝も成長しています。この状況を目にした佐藤さんは、「食害が減れば囲いはいらなくなる。そして、カジメ場が復活し、サザエなどが生育するのではないか」と、この取り組みに期待しています。
JFいとう職員の山田将さんも「この取り組みにより産地市場でのブダイの価値が高まるのではないか」との期待から、協力を惜しみません。現時点でのブダイ冷凍フィレの流通先は静岡県外の飲食店のみですが、この取り組みを通じてブダイの評価が上がれば、静岡県内でも夏にブダイが飲食店や宿泊施設で食材として利用される可能性が高まります。
ブダイの流通拡大の試みは、漁業者や水産加工業者の生業を支え、さらに海の生態系の保全につながるという点で持続可能な漁業への挑戦でもあります。

左からJFいとうに所属する漁業者の佐藤竜太さん、静岡県水産・海洋技術研究所伊豆分場の鈴木勇己さん、JFいとう総務課長補佐の山田将さん

(注)気象庁・海上保安庁によれば、2017年8月に発生した黒潮大蛇行は、2025年4月に終息。
【参考資料】
気象庁・海上保安庁(2025)「黒潮大蛇行の終息について ~過去最長の7年9か月継続~」
鈴木勇己(2025)「ブダイはおいしい!~海中林復活に向けた藻食性魚類の利用促進の取組~」、『令和7年度水産・海洋研究発表会要旨集』
長谷川雅俊(2023)「分場拾遺Ⅻ “増やす”から“減らす”へ-評価が反転した魚 ブダイ-Ⅰ」、『伊豆分場だより』、第372号、17~23頁
長谷川雅俊(2023)「分場拾遺Ⅻ “増やす”から“減らす”へ-評価が反転した魚 ブダイ-Ⅱ」、『伊豆分場だより』、第373号、14~18頁
長谷川雅俊(2023)「分場拾遺ⅩⅢ “増やす”から“減らす”へ -評価が反転した魚ブダイ-Ⅲ」、『伊豆分場だより』、第374号、13~18頁

  • 田口 さつき(たぐち さつき)

    農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。   日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。   Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ

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