赤い食べもの、白い酒    文&写真:吉村喜彦

 韓国映画やドラマにはまっている。
 アカデミー作品賞を受けた「パラサイト」はもちろん、
 朝鮮王朝時代を舞台にしたドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」もいい。

 「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」「1980 僕たちの光州事件」「KCIA 南山の部長たち」など
 光州事件や粛軍クーデターをテーマにした映画も名作が多い。

 韓国の人たちはつねにヒリヒリした環境の中で生きている。
 朝鮮戦争はまだ終わっていない。
 休戦状態にすぎない。

 独裁政治や金権政治に対して、
 人びとは自らの意見をしっかりと表明し、民主化をもとめて戦っている。

 そして、それによって社会が変わることを身をもって示してきた。

 映像作品も、社会的正義に裏打ちされたものが多い。

 一昨年ノーベル文学賞をとった作家(光州生まれ)ハン・ガンの『少年がくる』
 も光州事件をテーマにした小説だ。

 決して告発的な作品ではない。
 権力による弾圧事件を、
 風や匂い、肌ざわりまでリアルに感じさせる、静謐な文章で表現している。

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 そのハン・ガンの、
 『すべての、白いものたちの』という作品が素晴らしい。
 産着、雪、骨、米など「白」をテーマに、
 生と死、この世とあの世を往き来しながら、
 「生命」のありようをリリカルに描き、
 こころの深いところに響いてくる。

河出書房新社刊  『すべての、白いものたちの』  ハン・ガン 著  斎藤真理子 訳

 『すべての、白いものたちの』を読み終えて、
 なんだか無性にマッコリが飲みたくなった。
 この世の汚辱(おじょく)を、
 白い酒で浄め、流したくなったのだ。

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 マッコリは、韓国の「どぶろく」。
 アルコール度数は6~8%ほど(ビールより少し高いくらい)。

 主原料は米。
 小麦粉を添加する場合もあるが、
 サツマイモやトウモロコシなどを主原料にするところもある。

 糖化された米の、甘い味わいがある。
 乳酸発酵による、さわやかな酸味も特徴。
 炭酸の微発泡も飲み心地がいい。

 要するに、甘酸っぱくて、爽快な酒だ。

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 神奈川県・川崎には美味しい韓国料理屋が多い。
 先日、訪ねた店で、「ヤンニョム・ケジャン」を注文し、
 生マッコリを合わせた。

 ヤンニョム・ケジャンの「ヤンニョム」とは、
 韓国料理でつかわれる「合わせ調味料」のこと。

 コチュジャン、唐辛子、ニンニク、ごま油、醤油、ハチミツなどをブレンドした、
 甘辛く濃厚な味わいだ。

 「ケジャン」とは、生のワタリガニを塩やタレに漬けて熟成させた料理。

 醤油味のものが「カンジャン・ケジャン」。

 ヤンニョムをつかったものが「ヤンニョム・ケジャン」である。

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 ヤンニョム・ケジャンの皿が来て、一人ずつビニール手袋が手渡される。

 コチュジャンの真っ赤な色に染まったカニ脚が、皿いっぱいに載っている。
 まさに韓国サッカーチームの色だ。

 手袋をはめ、手近なところにある脚を手に持つ。

 関節がある。
 それを、バキッと折る。

 指で殻を押しつつ、口を寄せ、チューチューと身を吸い出す。
 しばし、無言──。

 甘辛いタレに、唐辛子の辛み、カニのうま味がしっかり溶けこんでいる。
 じつに奥深い、味のハーモニー。
 おなじワタリガニでも、醤油味を核としたカンジャン・ケジャンとはまた一味違う。

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 合わせるマッコリは「生」。
 まずは、ひとくち。
 フレッシュで爽やか。
 しかもコクがある。
 きめ細かい泡が口中ではじける。

 甘酸っぱいマッコリは、
 甘さを基調にしたヤンニョム・ケジャンにとても合う。
 
 最初はストレートで飲んでいたマッコリに、ビールを混ぜる。
 このやり方は、韓国人の友人に教えてもらった。

 マッコリ:ビール=1:1が一般的だそうだが、これは好きずき。

 ぼくはマッコリ多めからはじめて、
 じょじょにビールの割合を増やして飲んでいく。

 このビール割りは、ことに甘みのあるヤンンニョム・ケジャンを引き立てる。
 「甘酸辛」に「苦」が加わるからだろうか。

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 店のオンマ(お母さん、女将)に出身地を訊くと、「光州」と答えてくれた。
 ハン・ガンの小説が好きだ、というと、
 「韓国の色は、なんといっても白だからね」
 マッコリを指さしながら、顔をほころばせた。

 文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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