ニッポンさかな酒 「生春巻きには、ルア・モイ」 文&写真:吉村喜彦 2026.7.16 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 蒸し暑い日が続くと、むしょうにベトナム料理を食べたくなる。 ホーチミン市に4回行ったが、 いずれも、からっと晴れるということはなかった。 空気の中に微細な水の粒子が浮んでいるようで、肌がじっとりと汗ばんだ。 でも、この暑熱と湿気がいい。 ビールがことのほか美味しい。 食べものは、なんといっても、生春巻き(ゴイクォン)。 ホーチミンで食べたときは驚いた。 それまで東京で食べていた生春巻きは、 いったい何だったのかと思った。 透きとおったライスペーパーに巻かれたエビの赤さとハーブのみどり、 ニンジンの橙色が、目にスッと飛びこんでくる。 この涼やかさはどうだ。 この澄明と洗練はどうだ。 見ているだけで、体温がすっと下がる。 まわりの空気が、清潔になる。 ひとくち頬ばると、 やわらかく繊細なライスペーパーの食感とともに、 南の植物、ミントやパクチーの香気、 そしてエビの甘みが口中にふんわりと広がるのだ。 * * * ゴイクォンの「ゴイ」とは、「和える」、 「クォン」は「巻く」という意味。 もともと緑ゆたかなベトナム南部の家庭料理だったが、 1986年にはじまったドイモイ政策 (社会主義体制を維持しつつ市場経済を導入する) で、ベトナム料理が世界に広がっていった。 その流れのなかで、ゴイクォンの人気が高まったのだ。 * * * 先日、川崎市・武蔵新城駅近くのベトナム料理屋で食べたゴイクォンは 現地で食べるのと同じくらい美味しかった。 出来たてをサーブしてくれるので、 しっとりしたライスペーパーが、エビや野菜をきゅっと包みこんでいる。 この食感はなかなか東京では体験できない。 エビは、バナメイエビ。 ベトナムはエビ養殖量が世界3位。 南部のメコンデルタで盛んに行われている。 ライスペーパーの原料である米の生産量は世界5位。 日本のおよそ5~6倍だ。 ベトナムは米とエビの国。 野菜とハーブの種類や量も半端ではない。 食堂に行くと、野菜が食べ放題のところも多い。 ライスペーパー代わりに野菜で巻いたゴイクォンもあった。 * * * 合わせるお酒は、ベトナムの焼酎、「ネプ・モイ」。 原料は米。 透明な液体でアルコール度数40度。 グラスを近づけると、つきたてのお餅のような甘い香りがする。 ひとくち飲む。 と、それほどアルコールのきつさを感じない。 むしろリキュールのようにスイートだ。 飲み過ぎに気をつけねばならないほど、おいしい。 ゴイクォンをつまんで、口に含むと、米同士の相性で、抜群のマリアージュだ。 むかし、初めてコニャック地方に旅したときに、 葡萄をおつまみにしてコニャックを飲んだことがあった。 これがじつに良かった。 やはり、原料が同じもの同士は惹かれあう。 だから、ゴイクォンには、ネプ・モイ。 今年の夏の定番になりそうだ。 文&写真:吉村喜彦 酒関東吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
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