ガンガゼ駆除で藻場を守るJF佐賀げんかい青壮年部の取り組み

ガンガゼ駆除をする様子(写真提供:袈裟丸彰蔵さん)

藻場の減少とJF佐賀げんかい青壮年部のガンガゼ駆除の取り組み

佐賀玄海漁業協同組合(JF佐賀げんかい)は2012年、8つの漁協が合併して誕生しました。水産資源が豊富な玄界灘は釣り、延縄、小型底びき網、船びき網、カキ養殖などのほか、海士(あま)漁も盛んです。海士漁ではアカウニ、サザエ、ナマコ、アワビなどが漁獲されています。しかし90年代半ば頃から藻場が徐々に減少するようになりました。そうしたなか、現在、青壮年部長を務める袈裟丸彰蔵さんは、減少している藻場にはガンガゼがいることに当時から注目し、海士漁のかたわら、ガンガゼを駆除する活動を始めました。すると、藻場は徐々に回復するようになりました。ガンガゼ駆除は、その後も自主的な活動に加え、活動に共感した漁業者と共に、国の助成制度を活用しながら続けられました。そして2023年からは、佐賀県の事業である「ガンガゼバスターズ」として活動を継続しています。ここではJF佐賀げんかい青壮年部のガンガゼ駆除の取り組みを紹介します。

佐賀県玄海地区で増加するようになったガンガゼ(写真提供:佐賀県玄海水産振興センター)

「小さな気づき」から始まったガンガゼ駆除

袈裟丸さんが玄海地区で海の変化に気づき始めたのは90年代半ば頃のことでした。それまでは、アカウニ、サザエ、アワビ、ナマコなどが海士漁で獲れていたそうですが、90年代半ば以降は、これまであまり見かけなかったガンガゼが増加し、藻場が徐々に減少するようになりました。海士にとって藻場の衰退は一大事であることから、小さな変化に気づいた袈裟丸さんは漁の合間にガンガゼ駆除も行いました。ただ当時、多くの漁業者はこのような活動に関心が低く、なかなかその意義が理解されなかったそうです。2000年代半ばになると、藻場が消失する「磯焼け」という言葉が注目されるようになりました。しかし玄海地区では、ガンガゼを駆除した藻場は、海藻が生えるようになるなど、効果が見られました。この効果を見た地元の漁業者は、袈裟丸さんの活動に共感するようになり、次第に仲間も増えました。2010年代には、国の助成制度である環境・生態系保全活動支援事業や水産多面的機能発揮対策事業も活用しました。この時期になると、磯焼けは全国的な問題となり、魚介類がかつてのように獲れなくなるなどの被害も増加しました。最近では、海水温の上昇などによって海藻を食べるアイゴやイスズミが冬場でも動き回る姿を見かけるようになり、漁業者の間では懸念が高まっています。

ガンガゼ駆除を行うガンガゼバスターズ(写真提供:佐賀県玄海水産振興センター)

漁業者が評価した「地先は自分たちで守る」というメッセージ

2010年代後半からは地球温暖化への関心が高まり、磯焼けも地球温暖化が原因の一つであると言及されるようになりました。そうしたなか袈裟丸さんは2021年、動画投稿サイトYoutubeに「袈裟丸チャンネル」を開設し、「自分たちで地先を守り、必要なことをやっていけば、藻場の減少は緩やかになる」ことを発信しました。ガンガゼ駆除の動画を見た一般の視聴者からは、批判的なコメントもありましたが、現場で働いている多くの漁業者や漁業関係者は、動画を評価してくれたそうです。玄海地区でカキ養殖を行っている坂口修一さんもその一人であり、徐々に藻が生えるようになったことに共感したことがきっかけとなり、ガンガゼバスターズに参加しました。

左から坂口修一さん、JF佐賀げんかい職員の勝山慎也さん、袈裟丸彰蔵さん、JF佐賀げんかい職員の栗山惠次さんと岩本武文さん、佐賀県職員の吉田幸史さん
佐賀県玄海地区の藻場(写真提供:佐賀県玄海水産振興センター)

ガンガゼバスターズは、佐賀県の事業として2023年にスタートしました。活動地区は、23年が4地区(旧4JFの管内)、24年が5地区、25年が6地区と拡大しています。これは地区で「磯焼けを食い止めたい」という要望があるからです。
期間は4月から11月ごろまでであり、JF佐賀げんかい青壮年部に所属する、潜水士免許を持つ漁業者10~15人が簡易潜水器を装着して作業を行います。延べ活動日数は年間50~60日、活動場所は佐賀県とJF佐賀げんかいの事務局が協議し、「磯焼けしてしまった場所」、または「これ以上、磯焼けが広がってほしくない場所」を決定します。駆除対象はガンガゼに加え、身の入っていないムラサキウニも含まれます。身の入っていないムラサキウニが対象となる理由は、生えかけている海藻の芽を食べるからです。
現場では、袈裟丸さんがリーダーとなって作業を行います。ガンガゼは水深2~15mの範囲に生息していますが、岩と岩の間に隠れていることも多く、手間がかかります。ボンベ1本分で約1時間の活動が可能であり、2時間を1日の活動の上限としています。
潜水士免許を取得するためには、学科試験に合格する必要がありますが、実技試験はありません。そのため、作業を行うためには「ボンベを背負って、潜ることができる」トレーニングが欠かせません。青壮年部では、経験の浅い潜水士に対してはトレーニングや講習会を実施しています。
ガンガゼバスターズの活動は、青壮年部に所属する漁業者が、自身が所属する地区で作業をするだけでなく、自身が所属する地区以外でも作業を行います。そのため、活動がスタートした当初は、「他の地区の漁業者が作業を行うことに、地元の同意が得られないのではないか」との懸念があったそうです。しかし、磯焼けへの危機意識が高まるなか、「我々の地区もお願いしたい」との要望が増えてきたそうです。また青壮年部活動を通じて、地区ごとの漁業者とのコミュニケーションも活発になったそうです。このことが地区ごとの課題を早期に解決することにもつながっています。
 
近年、「磯焼け」や「藻場の減少」が全国的な問題となっています。磯焼けが発生する原因は、海水温の上昇や栄養塩の低下などが考えられますが、食害生物が増加してきたことも問題となっています。そうしたなか、90年代半ばごろから袈裟丸さんが、小さな変化や違和感からガンガゼ駆除に取り組んできたことは注目されます。またこの活動に共感、賛同した青壮年部のメンバーが現在、ガンガゼバスターズとしても活動し、地先を漁業者が守っています。「海洋異変」が近年、さまざまなメディアで取り上げられていますが、JF佐賀げんかい青壮年部の事例は、「まず、現場をよく知る漁業者の声に耳を傾けることが欠かせない」ということを私たちに再認識させてくれます。

  • 古江晋也(ふるえ しんや)

    株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。   専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。   現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)

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