船長に憧れた少年がJF東安房の職員になって目指すもの

千葉県南房総市にある東安房漁業協同組合(JF東安房)で、水揚げ業務から入札、漁船への給油など、幅広い業務をこなす山口知也さん。幼い頃から父親が船に乗り働く姿に憧れていたが、とある事情で「漁協で働く」というに新たな目標を見出し、全国漁業協同組合学校(以下、組合学校)に入学。そこで専門的な知識・資格を取得し、卒業後は、漁協職員として日々奮闘している。

船に乗る父への憧れが導いた進路

山口さんが生まれ育った千葉県南房総市の千倉地区は、昔から漁業が盛んな漁師町で、自宅からは太平洋を望むことができる。幼い頃から野球が好きで、近所の友達とキャッチボールをするのが日課だった。父親はタグボートの船長として働いており、その仕事は入港船をロープで牽引し、船首で押すなどして安全に離着岸させることだ。「自分もいつかは、父のように船に乗る仕事がしたい」、と思っていた。

そんな思いを抱き、高校は水産系の学科がある高校に進学。進路を決める時期になり、「父のような船に乗る仕事」にチャレンジしようとしたものの、船に乗るために必要な、ある検査項目で、断念せざるを得ないことが判明してしまった。ダメなら次に自分はどうすべきか、担任に相談をしたところ、千葉県柏市にある組合学校を勧められた。高校で勉強してきたことを活かし、地元に貢献しつつ、船に関わる仕事もできる「漁協」で働くことを考え始めた。「よし、やってみるか」と高まった意欲は、卒業後、地元のJF東安房で働く意思表示を周囲に示すほどで、新たな学びの場に進むことを決めた。

全国漁業協同組合学校で漁協の仕事を学ぶ

2021年4月、晴れて組合学校に入学。全国各地から集まった13人の仲間と寮生活をしながら、1年間の学校生活が始まった。

上段左から2番目が山口さん(入学式にて)

学校生活を振り返ってみると「勉強が難しかった」。組合学校では「協同組合論」や「経済学基礎」、「漁業法」、「漁協簿記」、「水産物マーケティング」などの科目をとおし、漁協職員に必要な知識を幅広く学ぶことができる。漁協職員に必要な知識を幅広く専門的に学ぶとして、履修する。また、知識だけでなく、フォークリフトや船舶、危険物取扱の技術系免許も取得可能だ。

クラスは本当に面白い人たちの集まりだった。寮生活では共同風呂の排水溝を詰まらせた人がいて、廊下まで水浸しになり、皆で必死になって排出作業をやった珍事件もあった。

当時の出来事をよく覚えていると笑って話す職員の田邉彩さん。組合学校で寮母さん的な役割も担っていた人だ。山口さんについて、「とても優しく、勉強も毎日コツコツ取り組む学生だった。少しシャイな所があり、周囲に積極的に話しかけることは少なかったが、周りの人から頼られ、誰からも好かれる学生だった」と話す。

1年というあっという間の学校生活終え、2022年3月、14人全員で卒業した。

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卒業式の様子はこちら↓
漁協職員の養成学校、14人が巣立つ-2021年度 第82期 全国漁業協同組合学校卒業式-

JF東安房で漁協職員として歩み出す

2022年4月、山口さんはJF東安房に就職し、漁協職員としての第1歩を踏み出した。配属されたのは、現在所属のJF東安房和田出張所だ。

JF東安房は、2011年に4つの漁協が合併して誕生し、共済事業、購買事業、販売事業、製氷冷蔵事業、冷凍加工事業、自営定置事業、蓄養事業、直売事業など、幅広い事業を展開している。2023年度実績で売上高は229億円、職員数55人、組合員数(正組合員と准組合員の合計)4,396人の組合だ。佐藤光男組合長の就任以降始まったアワビ漁の「輪採方式」による蓄養事業は、JF東安房の特色ともいえる。また、2024年3月に建て替えたヒジキの加工場は、機能向上により漁業者の所得向上だけでなく、職員の働き方の合理化も図っている。

和田出張所では、購買、販売、製氷冷凍、共済事業の業務を担い、係長の福原亮さんに、勤続10年以上の島野友知さん、2年目の木村侑司さんが職場仲間だ。事務所の目の前には和田漁港が広がり、漁港に沿うように民家が立ち並んでいる。事務所から歩いてすぐの所に荷捌所(地方卸売市場)があり、その反対側には、関東唯一の捕鯨基地もある。

山口さんの仕事の拠点となるJF東安房和田出張所の事務所
左から、福原さん、山口さん、島野さん

山口さんの1日の業務スケジュール

山口さんの業務は、主に定置網船の水揚げ業務、入札、漁船への給油業務、地域住民への灯油配達、を行うことだ。イセエビ漁が解禁した8月上旬の山口さんの1日のスケジュールを見てみよう。

<5:00 出勤、水揚げ準備>
水揚げや入札などの準備をする。日によっては4:00に出勤することもある。

<6:30 定置網船の水揚業務>
6:30に定置網船が入港し、荷捌場で水揚げされた魚をサイズ別に仕分けする。この時期はサワラやサバ、アジ、イサキなどが水揚げされ、日によって魚種や量は様々だ。

大量の魚を一匹一匹サイズ分けする様子は職人技だ

<9:00 入札>
定置網漁で水揚げされた魚を、入札方式で仲買人に販売する。今年6月からは、山口さんが入札の紙を読み上げるようになった。当初は間違いがないよう、慎重にゆっくり読み上げていたが、2か月たった今、「ようやく間違いなくできるようになってきた」と語る。

魚種とキロ数、価格が書かれた入札の紙を何十枚も読み上げる

<10:00 エビ網漁の水揚業務>
イセエビの体長や重さで仕分けし、カゴに入れて行く。資源管理のため14cm以下は海へ戻す。

<11:00 イセエビの積み込み>
イセエビの入札は本所(千倉)で行い、落札した仲買人が和田出張所へ積み込みにやって来る。イセエビが10キロ程入ったカゴを活魚車や保冷車に積み込む。

8月1日に漁が解禁された、JF東安房の主要魚種であるイエセビ

<12:00 昼食、休憩>
職場の仲間らと、昼食をとる。

<13:00 燃油の仕込み(給油)>
漁船へガソリンや軽油を給油する。危険物取扱業務になり、危険物取扱者の乙種第4類は組合学校在籍時に取得した。

<13:30 灯油の配達>
一般家庭や業者からの注文を受け、灯油タンクを積んだ軽トラックで配達を行う。夏場は灯油の需要が少ないが、冬場は暖房器具向けの注文が多く、かなり忙しくなる。

<14:00 終業>

漁協職員になって感じたギャップや大変なこと

この仕事を始めてみて、始める前とのギャップや大変なことが3つあった。
1つ目は、「想像していた以上に忙しいこと」。組合学校で学んできたこともあって想像できるところは多かったが、実際やってみると違った。「普段は5時に出勤だが、隣の捕鯨基地でクジラが揚がる日は4時に出勤し、砕氷機で大量に氷を砕き、運び込まなければならない」と、これまでの生活と一変した朝の時間を教えてくれた。

2つ目は、「魚の名前を覚えること」。水揚げされる魚は毎日変わり、種類も多い。「ブリとヒラマサの違いも分からなった」が、今では100を超える魚を覚えるまでになった。それでも分からない魚については、頼りにする先輩に教えてもらっている。

先輩の島野さんと、教え学び合う関係がしっかりあることが、山口さんを支えている

3つ目は、全く面識のない魚屋や仲買人、漁業者と「親しくなる」ことだ。市場内の多くが顔見知りの関係なので、常に「自分から挨拶をすること」を心がけた。今では大好きな野球の話で盛り上がったり、気軽に声を掛けてもらったりする関係になった。

職員を見つけてやってきた漁業者と会話を楽しみ、マイペースにお互いの用に戻る

「職場が好き」、今は一つ一つの仕事を一生懸命に、1人前を目指す

漁協の業務は、覚えることが多く、肉体労働や早朝出勤など大変な面もあるが、山口さんは「今の明るい職場が好き」と明言する。それは、和田出張所で仕事を始めて以来、いつも山口さんを支え、温かく迎え入れてくれる人たちの存在があるからだ。職場の仲間たちは、困ったことがあれば相談に乗り、分からないことがあれば教え合う、信頼の関係にある。仲買人や漁業者も人情味あふれる優しい人たちで、他愛のない会話に笑顔が溢れる関係の中で仕事をさせてくれる。

そんな人たちを前にして今自分がやるべきことは、「一つ一つの仕事を一生懸命やること」。そして、「自分で判断し、仕事をすすめることができる人になること、一人前になること」だと話す。

JF東安房参事の鈴木仁志さんは、「彼の魅力は前向きさにある」と言う。山口さんの、自分で考えて動こうとする姿、分からないことを自ら学ぼうとする姿勢は、JF東安房が期待する姿そのものだ。

  • JF全漁連編集部

    漁師の団体JF(漁業協同組合)の全国組織として、日本各地のかっこいい漁師、漁村で働く人々、美味しいお魚を皆様にご紹介します。 地域産業としての成功事例や、地域リーダーの言葉から、ビジネスにも役立つ話題も提供します。 SakanadiaFacebook

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